WOOさんの体験談「縁故(コネ)採用で入社した成人ADHDの私が鬱を発症し休職して最も辛かったことは何もせず家に居たこと」

 

私がADHD(大人の発達障害)と判明したのは大学生の時です。

 

通っていた大学は地元では偏差値が高いことで知られているのですが、アルバイトをしたら失敗ばかり、同じ失敗を何度も繰り返すため、就職は身内のコネ(縁故採用)を使いました。


就職をした会社にはADHDであることを伝えてあり、コネ(身内)が在職している間は会社も協力的だったため、迷惑を掛けても長期の休みを取るようなことはありませんでした。しかし、コネ(身内)が定年退職をしてからは「同じ失敗を何度も繰り返すダメな社員」としての烙印を押されることになりました。


部下からも迷惑がられるようになると、「私がここに居てはダメではないのか?」と思うようになりました。
出勤するのが怖い、バスに乗るのも怖い。会社を休みがちになり、上司の取り計らいで休職扱いになりました。


会社へ行かなくなったのは、会社に居ることが辛いから。

しかし、家に引きこもって楽になったかと言えば、会社に居る時より辛かったです。

 

だったら「会社へ行ってごらん?」と言ってくれる知人もいたのですが、どうしても怖くて行けない。


仕事を休みがちになることは学生のアルバイトの時にも経験しているのですが、

代わりがいるアルバイトと多少なりとも任されている正社員では責任の重みが異なります。

 

仕事に戻らなくてはと焦れば焦るほど自分にプレッシャーを掛けてしまい、結果余計に症状を悪化させてしまいました。


鬱になって、一番最初に駆け付けてくれたのは、コネ入社させてくれた身内(定年退職した元上司)です。

 

その人(身内)が私でも出来る仕事はないかと現職の上司に相談してくださり、

元上司に相談されたら無視出来ない現上司は在宅でも出来る仕事を用意してくれました。


現上司が用意してくれた仕事は、休職する前に私がしていた仕事とは全く関係ないことでした。

 

本来は新入社員が担う仕事であったため、その仕事を任された時は「自分は職場で必要とされていない」と感じました。しかし、その時の私が他に出来ることはなかったため、淡々と在宅で仕事をするしかありません。


仕事は元上司(身内)などの協力で出来るようになっても、病気のことに関しては自分で治すしかありません。
しかし、鬱を発症して症状が酷くバスに乗れず病院へ行くことすら出来ませんでした。

 

通勤にもバスを使っているため、バスに乗れれば会社に行けるかもしれない。
しかし、バスに乗るのは辛い。

では、バスが乗れないならスクーターで行けば良いと考え購入しました。


スクーターはバスのような満員の煩わしさはなく、道が渋滞しても車の間をすり抜けることが出来ます。


雨が降ると大変ですが人混みにいるよりは濡れたほうがマシに思えます。


スクーターで病院へ行けるようになると、次は会社へ行こうと思えるようになりました。

現在は、会社の中で私だけがスクーター通勤しています。

 

復職しても他のスタッフと一緒に働くことは困難でしたが、

元上司(身内)が会議室で一緒に仕事をしてくれ、徐々に独りでも出来るようになりました。


私はまるで手の掛かる子供のようですが、

退職してしまったら家族にも会社にももっと迷惑を掛けることになります。


身内や会社の人以外で助かったと思えたのは救急に対応している病院の存在です。

救急に対応している病院は多くはないのですが、入院施設のある病院だと夜間でも必ず医師は常駐しています。「その病院までは行ける」と言った自信が持てると、何かあっても助けてもらえると思えて近くにあるだけで気が楽になります。

 

以上、体験談

 

自分の苦手なこと(バスに乗ること)を克服するために、
自分ならではの手段(スクーターでの移動)を考えて実行する。

コネで入社できたが仕事ができず鬱を発症し引きこもりに。

しかし、家に只々いる事が何よりの苦痛だと感じ、ご自身で病院へ行き、
在宅ワークにしてもらい、最終的には周りと形は違えど復職なされた事は素晴らしいです。

ADHD
の特性がある方は、仕事の関係で鬱を発症しやすく社会不適合者の烙印を押されてしまう事があります。
自分のできることを見つけて社会に貢献する。この考えは非常に重要であり大切であると思います。