こんにちは、Seamanです!

社会復帰を見据えて、本日会社の産業医と面談しました。
自宅療養を開始してから2週間です。(190702)

現在の状態、これからのことについて話をしました。
職場復帰の話をする際に、コンサータを飲めない(怖くて拒否している)ことについても話しました。 
非常に寛容な職場環境であり、復職するにあたって無理に飲まなくても良いとのことです。(飲まなくて良いことと、仕事ができることは別ですが。。)

私が働いている職場は比較的大きく事務が中心の仕事です。
私を含めいろいろな事情を抱えながら働いている人がたくさんいることを教えていただきました。

今日、産業医と面談して出てきた印象的なキーワードは以下の2つです。
今、私に必要なモノは「諦め」「悟り」だそうです。
私のようなADHD特性を持つ発達障害者は「自責の念が強く、周りの人以上に頑張ってしまう」傾向があるようです。これから長い会社人生になる(予定)ので、時には失敗を忘れて仕切り直すことも大切とのことです。

突然出てきた「諦め」、「悟り」の言葉に対して私は反応し、理解することが出来ませんでした。これまで順風満帆な人生を送り続けてきた私にとって、それらの言葉は今まで頭の中に刻みこまれてきた言葉と、真逆の意味を指す言葉だからです。『常に努力し諦めなければいつか夢は叶う、いつか自己実現できる。』と信じ、自分に言い聞かせて走り続けてきました。この数週間で知った自分の特性と今まで感じていた違和感を理解し、次のステップに進むためには今までと違った思考を自分の中にインストール必要があるのかもしれません。

「諦める」とは断念すること。「悟る」とは理解すること。
これまでと同じやり方のまま身を削りながら突き進んでも結果が実ることはない、自分は良くも悪くも他の人とは少し特性が異なる。そう言ったことを理解し、受け入れることが必要だと伝えたかったのだと思います。

自分と社会は「水」と「油」の様な関係だと思います。どれだけ社会に混ざろうと一方的に必死にもがいても親和性が低いのですぐに分離されてしまします。親和性を高めるには石鹸や洗剤の様な別のツールを活用しなければいけません。同じ様に、私と社会が親和するためにはやり方を変える必要があり、別のツールを活用する必要があります。そのツールが「薬」であったり、自己開示を含めた「周りとのコミュニケーション」なのだと思います。薬で特性を可能な範囲でコントロールしながら、周りに自分の凸凹を伝え理解してもらうことが大切なのでしょう。

今まで、自分の凸凹を知らず何となくの自尊心だけで生きてきた私。
これからは「油の中をがむしゃらに泳ぐ」のではなく、
相互理解の上、今までのやり方を変えて向き合っていかなければなー、と思ってます。
(頭の中で分かっていても、今まで刷り込まれてきたやり方を変えることは簡単ではないでしょうね。。)先ずは自分の特性を知り、分析して「できること」と「できないこと」を探します。

悩みな尽きませんが、少しずつ前に進んでいきます。