私は、退職後、しばらくは実家で何もしない日々が続いた。

 
 

2ヵ月ほど経ち、このままではいけないと、

自分を震いたたせ、転職サイトを覗くようになった。

 
 

しかし、中々踏ん切りがつかず、
再び、家に籠った。

 

とある日友人が何もしていないんだったら、おれんとこにこいと仕事を誘ってくれた。

 
 

そこは、建設関係の仕事だった。
 

 

「力を使うけどそんな難しいくないし、一人の時が多いから大丈夫だよ」、
と説得してくれ建設会社に転職することになった。

 
 

そこの会社は町の小さな工務店を相手にしとおり、

一軒家や小さなアパートなどを確かに仕事中に人接する機会は少なかった。

 
 

これは行けると思い、一生懸命働いた。

 
 

今までのやる気のなくなっていた時間を取り戻そうと必死に働いた。

 

必死に働いたが、どこに物を置いたとか、何をしてたとか、ADHDの症状は改善されたわけではない。
 

 

しかし、必死に働いたのを見ていてくれたのか、

2年ほど経つと、ある工務店の人が独立の話しを持ち出して来た。

 
 

私は、全く持って考えてもいなかったことだったので驚きました。

 
 

少し考えさせてくださいとその日は返事をした。

 
 

そのあとから真剣独立を考えるようななり、

本当に自分にできるだとろうか、考えると不安でいっぱいになった。

 
 

しかしこんな自分を評価してくれる人がいることに迷いはもう無かった。

 

友人に相談し、快く受け入れてくれた。

工務店の方に連絡を取り、よろしくお願いしますと挨拶をした。

 
 

始めた当初はパニックになりそうになったけども、

一人で仕事をしていると、「頼る人は自分しかいない。」といつも言い聴かせた。

 
 

すると、次第に、「おれは自由なんだ!誰も気にする必要はない!!」
と思うようになっていった。


 

独立した今もはっきりとADHDの症状は出ているし、改善もされていない。
 

なんなら、なんでできないだ、と悩むことは前以上にある。
 


しかし、やるしかない状況に身を置くと、落ちこんでなんていられない。


ほんとに辛いことはたくさんある。

 

何回も、何回も覚えようとした。忘れ物もしたくない。どこにおいたか考えたくない。人と話すのも面倒。



でも、それでいいんだ。

 

それでも生きていける。

仕事もできる。

 

自分ができることはなにか、夢中になれることはなにか。

 

私はほんとに何も特別なことはしていません。

 

ただただ、運がよかったのだと思います。
 

よい友人に出会い、自分を認めくれた人に出会えました。
 

 

しかし、それは無我夢中に、なにかを必死にやっていたからだと思います。
 


勉強したくてもいつの間にか気絶したように寝てる人、起きたらまたその続きをしましょう。
 

落ち込むけど、深刻に落ち込む必要はありません。

一生懸命なにかをしてください。

 
 

きっと諦めなければ人生はいい方向に進みます。

 

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